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「作文下手な日本人」が生まれる歴史的な必然


「作文下手な日本人」が生まれる歴史的な必然


 



論理的な表現力はビジネスシーンに不可欠だが…(写真:metamorworks/PIXTA)



日本人は論理的に文章を組み立てるのが苦手だと言われる。上智大学で教鞭をとる奈須正裕教授が歴史をひもとき、教育的帰結として生まれた「作文下手な日本人」を浮き彫りにする。


よく、日本人は論理的に思考したり表現したりするのが苦手だと言われる。



実際、大学で教鞭をとる筆者がアメリカに送り出した留学生の中にも、最初に提出したエッセーに対して「論理性が欠如している」と評され、他の国や地域から来た学生たちと同じスタートラインにつくのに随分と苦労したと訴えた学生がいた。



その原因については、長年にわたり日本が多文化性の比較的低い国であったこと、以心伝心や「空気を読む」ことをよいこと、または当然のことと考え、期待する文化的風土などから、論理明快に自分の意見を述べる必要が少なかったからではないかとも言われる。



思考は言語に依存するという考えから、日本語の特質に由来するとの見方も少なくない。



たとえば、語順によって意味が決まる英語のような「孤立語」と違い、日本語は「膠着語」であり、助詞によって意味が決定されるため、語順の自由度が高く、それが曖昧性を生み出しているのではないか。あるいは、日本語は述語が最後に来る「文末決定性」という特質を持つので、肯定か否定か疑問なのかが最後までわからない。



このことが、明確な主張を持たずとも、とりあえず語り出すことを可能にし、それが論理の明晰さや一貫性を欠くことの遠因ではないか、というのである。



なるほどと思うし、ほかにも考えられる要因はあるだろう。しかし、筆者が専門とする教育学の見地からすれば、およそ最大の原因は国語教育における作文指導の偏りにあると考える。



読書感想文と学校行事の作文は「教育のガラパゴス」



「作文」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、読書感想文と学校行事の作文だろう。しかし、大人になってこれらを何回書いただろうか。いや、そんな機会、経験は皆無に違いない。ではなぜ、先々書く機会のない文章を、しかもあんなに頻繁に、大量に書いてきたのか。



その一方で、多くの人が仕事上の必要などから、一定の事実や証拠に基づき、そこから論理を積み上げ、明快な主張を展開する文章を毎日のように書いている。これは学校教育的には説明文ということになるが、それを書く訓練を学校でしっかり受けたという人は、驚くほど少ない。



アメリカの作文指導はというと、説明文を書く「エッセー・ライティング」を中心に、物語や日記の形式で創作的な文章を書く「クリエーティブ・ライティング」をバランスよく行うのが一般的である。



ところが、日本の作文指導では、エッセー・ライティングもクリエーティブ・ライティングもほとんど行われず、ただただ読書感想文と学校行事の作文なのである。俳句や短歌や詩を書く機会は結構あり、これがクリエーティブ・ライティングに当たるとも言えるが、物語を書く機会はあまりない。さらに不可思議なことに、読解では説明文も物語文も、小学校からきちんと指導されている。



つまり、日本の国語教育は、読解と作文が十分に呼応しておらず、読解での学びが作文にしっかりと生かされる構造になっていない。何とももったいないことである。



模倣からの脱却と子どもの心情・態度の重視



読書感想文と行事の作文は、日本でのみ熱心に取り組まれてきた、いわば教育のガラパゴスである。なぜ、そんなことになっているのか。この疑問を解き明かすには、日本の作文教育の歴史をさかのぼってみる必要がある。大急ぎではあるが、その歴史を概観する。



明治期の作文教育は、礼状や詫び状、見舞いの手紙、借金返済の催促状など、大人が社会生活で実際に用いる実用文を模範として、そのまま書き写し、暗記し、必要に応じて部分的に書き直すという指導が中心であった。試験にも、たとえば小学校2年生の子どもに対し「出産の知らせに対して答える」といった、およそ経験の及ばない問題が出題されている。



そんな状況であったから、子どもたちは意味などお構いなしに例文を丸暗記するしかなかった。形式を重んじるあまり、実際には曇っていても「晴天」と書くといったことも、ごく当たり前に行われていたという。



大正期に入ると、明治期の反省から、また自由主義的な風潮もあり、子どもが自由に題材を選び、自分自身の言葉で書いていく「自由選題方式」による作文教育、いわゆる「綴り方(つづりかた)」が誕生する。綴り方は、実用や書く技術よりも人格形成を重視する教科とされ、教師は書く技術やそれを支える形式よりも、まずは作文を書こうとする子どもの心情や態度を大切にすべきとされた。



こういった動向は、作文教育に限らない。



図画教育でも、明治期には「臨画」といって、もっぱらお手本の模写を子どもに強いていた。それが大正期に入ると、画家の山本鼎らによって、絵を描く技術、方法が重要なのではなく、自分の目で見て、感じとったものを描くのが大切だとし、子どもに自由に絵を描かせる「自由画」教育運動が活況を呈する。



教育関係者だけでなく、画家のような文化人、芸術家が参画し、多大な影響を与えたのも、大正期の自由教育運動の大きな特徴だった。



そんな中、在野の文学者であった鈴木三重吉が、子どもの感性や美意識を涵養するには第一級の文学者や音楽家の手による質の高い童話・童謡に触れる必要があるとして、『赤い鳥』(1918〜1936年)を創刊する。『赤い鳥』には、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」、有島武郎の「一房の葡萄」、新美南吉の「ごん狐」などの名作が次々と掲載され、童謡では北原白秋の「からたちの花」、西條八十の「かなりや」などが誌面を飾った。



鈴木は、作文教育についても積極的に発言し、お手本の模倣や空想による練習ではなく、子どもが「ただ見たまま、聞いたまま、考えたまま」を、型にとらわれず自由にのびのびと書く「子どもらしい」「ありのままの真実を綴る」作品を推奨した。



『赤い鳥』が特徴的だったのは、子どもが投稿した作文や詩が掲載され、鈴木や北原による寸評が添えられたことである。これにより、鈴木の理念は作文教育の世界に大きな影響を与えることになる。



興味深いのは、鈴木は型にとらわれず自由にと言いながら、子どもにはフィクションや思想について書かせるべきではないとした点であろう。『赤い鳥』の作文募集要項に「空想で作ったものではなく」とわざわざ断っているほどである。



鈴木は「事実はかける。概念、観念はかけない」と述べているが、その背後には、経験的事実の正確な叙述を重んじる大正期ならではのリアリズム重視の考え方が見え隠れしている。



作文指導をめぐり、激しい論争



かくして、模倣や型の強制に明け暮れた明治期の作文教育への反省と改革の中から、今日にまで続く2つの伝統が生まれ、学校現場に広く根を下ろした。



その第1は、形式や技術よりも子どもの心情や態度を重視する指導理念である。そして第2は、リアリズムを重んじ、フィクションや思想を作文の課題・対象から排除する傾向であった。



昭和に入ると、文学が大正期のロマン主義からプロレタリア文学へと移行したように、『赤い鳥』的な「見たまま、聞いたまま」の原則は維持しつつ、子どもに貧困や格差などの生活現実を赤裸々に書かせることで、自分たちの置かれた階級的状況やその背後にある矛盾や問題に気づかせようとする「生活綴り方」が、左翼的な運動とも相まって盛んになる。当然、戦時体制が強まる中で「生活綴り方」は弾圧を受け、1940年の教師の一斉検挙を機に衰退していく。



戦後を迎えると、アメリカの指導により、書く技術の向上を目指し、しっかりと形式を教える作文教育が導入されるが、学校現場では「生活綴り方」的伝統への執着に根強いものがあり、激しい論争が展開される。



そして、結果的にアメリカの方針が根付くことはなく、具体的に、素直に、ありのままに文章を書くことによって真実を発見するという、大正期以来の「綴り方」の理念が、戦後の作文教育でも基調となった。



高度成長期に入り、生活が豊かになっていくにつれ、個々人の生活現実を赤裸々に綴ることで自らの境遇や社会の矛盾に気づく「生活綴り方」は、その時代的使命を終える。これに代わって1960年代以降に定着したのが、読書感想文と学校行事の作文である。



指定された課題図書の登場人物に思いを寄せ、読書体験によって子どもが自己変革を遂げることを期待する読書感想文と、学校行事という共通体験を通しての人間的成長を一人ひとりが個性的に描写する行事の作文は、基盤となる経験自体は全員に共通のものである。と同時に、そこに何を感じ、どう表現するかは、個々の子どもに委ねられている。



「一億総中流」社会と呼ばれた時代の風潮を背景に、共通の経験を基盤としつつ、そこにおけるその子ならではの独自な心情や表現を大切にしようとする当時の作文教育にとって、読書感想文と学校行事の作文は格好の題材だったのである。そして、これが今日まで半世紀にわたり、脈々と受け継がれてきた。



すでに始まっている国語教育の刷新



教育のガラパゴスとも言える読書感想文と行事の作文は、大正期に『赤い鳥』を創刊した鈴木三重吉の理念が、紆余曲折しつつも着実に受け継がれる中で生み出されてきたものである。



模倣に明け暮れた明治期からの脱却は、もちろん評価されていい。しかし、子どもの心情・態度を重視するあまり、書く技術や文章の形式が軽視され、アメリカやヨーロッパでは標準的に取り組まれているエッセー・ライティングやクリエーティブ・ライティングに当たる指導がほとんどなされなかった結果、論理的な文章を書けない子どもを大量に生み出してきたことは、反省されていいだろう。



もっとも、すでに国語教育の刷新は始まっている。2020年から段階的に実施される新しい学習指導要領では、高校の国語科の科目として「論理国語」が新設される。また、小学校や中学校の国語科の内容も、ここ数回の改訂で大幅に改善されてきた。



なおいっそうの努力は不可欠ではあるが、日本の作文教育が読書感想文と行事の作文一辺倒の状況から脱し、多様な文章を自在に書きこなせる日本人を輩出する時代は、ようやくそこまで来ている。



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